一からディスクリートアンプを設計してみる

ICやオペアンプを使わずに、トランジスタなど全て単品(?)の素子で作った電子回路を、「ディスクリート」と言います。
オーディオアンプでは、自分なりの回路を設計したりすると、どうしても全て自由に設計できるディスクリートで設計したくなるんですね。

ところが、設計済みの回路図を載せているサイトはあっても(ここもそうだけど)、その設計方法を初心者にも解るように書いているサイトは意外となかったことに気付きました。

いや、きちんとトランジスタ回路の本買って、自分で勉強しろとそういうことなんですが、今時、何でもネットから情報を仕入れてなんぼの時代。ま、突き進んで行くと、最終的にネットの情報だけでは物足りなくなって、書籍で勉強しなければならなくなるのは確実なんですが、ようは入り方ですよね。
所詮趣味でやってるんだし、「とりあえずこうやればアンプを設計できるよ」というのを提示して、とりあえずディスクリートアンプの設計に触れてみてもらう・・・というのもアリかな、と思い、暇な時間をつぶすつもりでつらつらと書いてみました。

あと、私は電子回路については本業ではないので、内容については保証しませぬ。各自、作成する気があるなら、自己責任でお願いします・・・。



先ずは最初に


下はこのサイトに載っている2SB1079/2SD1559アンプの回路図です。


オペアンプを使っている回路なので、ディスクリートではありません。しかし、ここに半導体アンプの基本的な考え方が表れています。

つまり、
・ゲインの大きい差動アンプに出力バッファを付けてスピーカーをドライブ出来るようにする
・大きめの負帰還をかけて、出力の歪みを減らし、ゲインを調整する
という点です。

真空管アンプとか古典的なアンプではこの限りではないんですが、とりあえず現代の半導体で作るアンプ(除くD級)は、このような原理に従って作られるのがほとんどだと思います。



深くは考えずに作ってみる


先ずは差動アンプから。教科書的に、一番簡単な差動アンプというとこれでしょうか。


トランジスタ一石で、エミッタ接地(ベース入力)回路とベース接地(エミッタ入力)回路を組み合わせたもの。ベースとエミッタ両方に入力された信号の差分が、増幅されてコレクタから出力されます。

さて、「ゲインの大きい差動アンプ」を実現するには、これ一つでは不足気味。増幅用にもう一石トランジスタを付け加え、二段アンプとします。

おや・・・


電源が二つになってしまうぞ。入力値の±が逆になったのは、増幅段が反転増幅なため。



電源的にこちらの方がよさげですね。真空管と違って半導体は、PNP型も存在しますから、適宜使い分けてゆきましょう。入力側の電位と、出力側の電位を同じくらいに調整できる、と言うのも利点です。



出力にSEPPのバッファを付けて、出力インピーダンスを低くします。



負帰還をかけます。



入力のバイアスやらパスコンやら、トランジスタが動作するために必要なものを追加して、とりあえず完成!



定数を計算する

定数を計算する前にちょっとだけ思考・・・
こんなんでいいのか?たったトランジスタ四個のアンプ。動くとは思いますが、おそらく性能的に、オーディオ用として満足の行くものにはならないのでは・・・。
しかしそんな事は最初から解っていたことです。ここではとりあえずの設計方法を示すだけ、性能について考えたら負け、として進みましょう。後でもっとちゃんとしたアンプの設計方法も書きますから。

出力値を決める。

まぁ、ささやかなアンプですし、出力は控えめに行きましょう。35Ωのヘッドフォンに、200mWの電力を出力できれば良しとします。

電源電圧を計算します。負荷抵抗をRL = 35Ω、出力Pomax = 0.2Wとすると、最大出力時の電圧Vdは、
Vd = √{2 × RL × Pomax}
   = √{2 × 35 × 0.2}
   = 3.74[V]
これに出力段のVbeと増幅段の飽和するための電圧を加えます。出力段のVbe = 0.6V、増幅段のトランジスタの飽和電圧と抵抗損失を合わせて1.6Vとして、電源電圧は±6V必要になります。

最大出力時にヘッドフォンに流れる電流Ipmaxは、
Ipmax = Vcc / RL
      = 3.74 / 35
      = 0.107[A]
出力が計算できたので、電源の設計に移ります。最大出力時に流れる電流をそのまま供給できる電源があれば理想的ですが、そこまでの容量は必要ありません。今回のアンプは基本的にB級なので、B級動作としての電源容量を求めます。
音楽信号は最大振幅のサイン波がずっと続くわけではないので、最大電流の25%を供給できれば良いそうです。残りの分はコンデンサから供給されるわけですな。この場合は、正負の電源を使うので、半波整流波形の平均値と同じでさらに半分の13%が供給できれば良いことになります。そんなわけでB級動作分の電源容量は、

0.107 × 0.13 = 0.014[A]
AB級の場合の電源容量は、これに出力段のアイドリング電流を加える訳です。

ところで今回のアンプはAB級?それともB級?
バイアス回路のダイオードの順電圧が、出力段のVbeと同じだと仮定すると、出力段には増幅段と同じ電流がアイドル電流として流れるはずです。
いや、本当はきちんと調整可能なバイアス回路を作って、出力段にもエミッタ抵抗を入れてやらないと熱暴走の危険とか色々あるのは知っていますよ。でも今回はあえて無視し、このままで行きます。次回があればそっちに詳しく書くので勘弁して下さい。

そんな訳で、出力段のアイドリング電流は10mA。この値は後の方で増幅段の電流を計算するところがあるのですが、その電流が10mAだから同じになる訳です。いい加減な話ですが、考えたら負けと言うことで。

で、出力段全体として必要な電流は、
0.014 + 0.01 = 0.024[A]
つまり、出力段だけで方チャンネルあたり24mA必要になります。


電源回路の設計。

±6Vの電源で、容量は24mAに増幅段、初段の電流を加えて35mAくらい。それが左右で70mA程度の電源が必要になります。



もうね、電源回路はこれでいいや。電池が四個入る電池ケースを二個買ってきて下さい。
電池かよ!容量の計算いらねーじゃん。はい、その通り。でもまぁ、計算の仕方を書きたかったので。まともに作る時は、電源トランスの選択のために必要な計算ですよ?


定数の計算。



さて、いよいよめんどくさい計算が始まります。
先ずは使用するトランジスタの選定から。

ここは好みというか、音が良い素子はなんだとか言い始めるともう止まらなくなるので、すべて2SA1015/2SC1815の定番ペアで行きます。出力段もIpmax=107mA程度なら問題ないでしょう(2SA1015/2SC1815の最大定格は150mA)。
よって、
・Q1 = 2SC1815
・Q2 = 2SA1015
・Q3 = 2SC1815
・Q4 = 2SA1015

R1とR2を決めます。出力段がきちんと上下に振れるためには、無信号時の出力点はほぼ0V付近になければなりません。よって、負帰還で直結しているQ1のエミッタも、ほぼ0V付近となります。なので、Q1のベースは+0.6V程度の電位とします。
でもまぁ、0.6Vくらいずれても誤差だ!としてR1=R2としても問題ありません。これが直結のDCアンプであればそんないい加減なことは言っていられませんが、入力・出力共にパスコンを通しているアンプですからね。大丈夫!R1=R2でも動きます!大体、細かい値を計算してもE系列になければ意味ないし!
R1とR2の値がこのアンプの入力インピーダンスになります。あまり高い値にすると色々面倒ですから、ほどほどにします。また、Q1のベース電流も考える必要がありますが、この場合は数μA程度と無視して構わないレベルです。なので、ざっくりとR1=R2=100KΩとしましょう。よって、
・R1 = 100KΩ
・R2 = 100KΩ
従ってこのアンプの入力インピーダンスは100KΩとなりました。ボリュームを付ける時は、それ以下の値のものを選択します。

C1は入力インピーダンスが決まれば最低限必要な値が求まります。要するに、R1/R2とRCフィルタを構成する訳ですが、きちんと低音が通る容量があれば、いくらでも大丈夫です。
と言う訳で、
・C1 = 0.5μF
カットオフ周波数は3Hzなのでまずまず。さくさく行きます。

次は入力段に流れる電流を決めます。これはまぁ、経験上というか、トランジスタに合わせてというかむしろ電流に合わせてトランジスタを選ぶんだけど、とりあえず1mAとします。
2SC1815は150mAも流せるのにたった1mAって?いえいえ、電流を流せばその分発熱するし、発熱すれば動作点もずれるし熱雑音も発生するしであまり良いことないんで、このくらいで良いんです。

入力段に流れる電流が決まれば、電源電圧からR4は自動的に決まります。VEE = -6Vなので、Q1のVbeを引いて5.4Vで1mA。E-12系列の抵抗値で近いのを選ぶと、
・R4 = 5.6KΩ

さて、オーディオアンプは一般的に、入力信号が±1Vの時、最大振幅が出力されるように作成されます。
入力信号が±1Vの時、入力段に流れる電流はどれくらい振幅するでしょうか。R4がもう決まっているので、オームの法則から計算することが出来ます。1Vを5.6KΩで割って0.18mA。つまり、
入力段に流れる電流 = 1mA ± 0.18mA
な訳です。

さてさて、入力段に流れる電流が±0.18mAで振幅した際、増幅段もカットオフすることなく、きちんと振幅してくれなければなりません。
本来であれば増幅段のトランジスタのロードラインを引いて、きちんと動作点を設定するべきなんですが、今回はそこまでするのはめんどくさいのでパス。
要点として、入力段の電流が1-0.18 = 0.82mAになった際にも、Q2がカットオフしない=Q2のVbeが0.6V取れること必要な訳です。0.82mAで0.6Vの電圧を発生させる抵抗値は、732Ω。これがQ3の抵抗値の下限となります。

ではR3の上限はと言うと、出力の計算の時に増幅段のトランジスタの飽和電圧と抵抗損失を合わせて1.6Vとしています。Q2のトランジスタの飽和電圧だけで1.2V程度とするべきでしょうから、最大振幅の際の動作として、Q2のVce=1.2V、R5にかかる電位=0.4Vという事になります。
R3の抵抗値は、動作点がこれ以上にならないように、1+0.18 = 1.18mAの時、R5の0.4VとQ2のVbeの0.6を足して1.0V以下になるように設定します。1.18mAで1.0Vの電圧を発生させる抵抗値は、847Ω。つまりこれがQ3の抵抗値の上限となります。

さてさてさて、731Ω<R3<847ΩとなるR3の抵抗値をE-12系列から選ぶと、
・R3 = 820Ω
選択の余地はありません。動作点の設定がぎりぎりなんですね。トランジスタのロードラインを引いて、動作点を設定するほどの自由度がない設計だと言うことが解ります(もっと電源電圧があれば、余裕のある設計が出来ますが)。

増幅段に流れる電流を決めます。
バイポーラトランジスターで構成されるアンプの場合、経験上、格段の電流増幅率は10倍程度までが良いようです。それ以上だと次段に流れるベース電流が前段の動作点を狂わせてしまい、歪みが多くなるようです。
出力段のIpmax=107mAで入力段の電流が1mA。従って増幅段に流す電流は10mA。10倍程度までと言っておいて10倍ぎりぎり。初段にもう少し流しておけば良かったかな。でもまぁ、気にしないで進みます。

増幅段に流れる電流が決まれば、動作点はもう決定しているので、R5とR6は決定します。
本当はここ(増幅段の動作点の設定)が、良いアンプを作るための設計のキモなんですが、すっ飛ばして申し訳ないです。まぁ何度も言いますが、音質について考えたら負けと言うことでお願いします。
無信号時のR3の電位は0.82V。Q2のVbeが0.6VなのでR5にかかる電位は0.22V。電流が10mAなので、R5の抵抗値は22Ω。R6にかかる電位は、出力点がほぼ0Vになるために、VEEからQ4のVbeを引いて5.4V。電流が10mAなので、R5の抵抗値は540Ω。E-12系列の抵抗値で近いのを選ぶと、
・R5 = 22Ω
・R6 = 560Ω

D1とD2はシリコンダイオードであれば何でも良い・・・。ですが、順電圧をQ3、Q4のVbeとそろえるために、2SA1015、2SC1815をダイオード結合して使うのが良さそうです。


よって、
・D1 = 2SC1815
・D2 = 2SA1015

次はR7とR8で構成される帰還回路です。
入力信号が±1Vの時、最大振幅が出力されるように設計してきました。最大振幅は3.74Vとして設計しました。アンプ全体のゲインは帰還量で設定します。なので、R8:(R7 + R8) = 1:3.74です。
また、エミッタ入力で入力段に入っていることから、Q1の負帰還側の入力インピーダンスは、R4の5.6KΩとなります。よって、R8は5.6KΩより十分低い値である必要があります。

それを満たすようにE-12系列から選ぶと・・・
・R7 = 2.7KΩ
・R8 = 1KΩ

最後に残ったのはC2ですが、これは35Ωのヘッドフォンに出力するのに十分な容量があれば大丈夫です。
・C2 = 1000μF
カットオフ周波数は4.5Hzなので十分。



完成形


そうだ、電源スイッチを忘れていた。トランス式の電源なら、根本の電灯線にスイッチを付ければよいのですが、電池式で正負電源なので、正負の両方を切らないと片方の電池がどんどん減って言ってしまいます。なので、二連スイッチを使って両方をカットするようにしましょう。

そうして出来上がった全体回路図がこれ。ただし方チャンネルのみなので、ステレオにするにはもう一つ同じものを作ります。




疲れた・・・


こんな簡単な回路でざくざくっと書いていっただけなのに、全部の設計を辿って書いて行くと、実に疲れる。道理で設計方法を書いてあるサイトがない訳だ。

もし続くなら、次はもっと低歪みなAB級アンプで、きちんとスピーカーを鳴らせるアンプを設計しようと思います。トランジスタ12石くらいの。でも、自分用にはいまさらそんなの作る気も起きないし、書くかどうかは未定っす。

あと繰り返しになりますが、私は電子回路については本業ではないので、内容については保証しませぬ。各自、作成する気があるなら、自己責任でお願いします・・・。


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